先を見据えた教育

  • 2018.06.24 Sunday
  • 08:00

私の教育の目標というのは、一言で言えば「卒塾してから活躍してもらうこと」です。

 

「先を見据えた」教育といえばそうなんでしょうけど、何だか他が言ってることとは多少ズレがあるような気がしています。

 

最近の制度変更などで「先を見据えた」って言葉が流行りなのか、「〇〇では通用しません」とか「大学受験になると…」とか不安を煽る言葉が踊っておりますが、結局「先を見据えた」ってのはどうやら義務教育を終えて3年後までのお話のようですね。

 

こういう「先を見据えた」教育という言葉に振り回されるのは、まさに子どもと保護者が受験産業の餌食となっているような印象です。受験産業が新たな金儲けの道具に大学受験を使うようになった。少子化対策として、顧客からお金をいただく期間を延長するための金言にしか見えません。

 

まぁ、大学受験も先と言えば先なんですけど、私が考えているよりずいぶん手前です。

 

私がやりたいのは大学受験に通用する力を養うのではなくて、人生において目の前にたちはだかる壁を乗り越える力を養うって感じですかね。

 

わかりやすい壁にはなるんで受験も通しての指導にはなりますが、大学受験までしか通用しないような指導はしたくないんですよね。

 

私が日々子どもたちに伝えている(伝えてきた)ことは、大学受験にも通用している(教務的な意味ではないです)ことは卒塾生の姿からじゅうぶん感じられますし、今までとは違う何か特別な指導が必要とは全く思いません。

 

何よりね、高校卒業で働き出してる教え子も、調理を学ぶ専門学校に通って調理師になる教え子も、関関同立に合格して通ってる教え子も、看護大にすべりこんだ教え子も、大学受験では無双して市大や神大に通いだした教え子たちも、みんなそうでしたけど、高校受験から3年後なんて本人たちから出るまさにこれから始まる感がすごいんですよ。そんなタイミングをゴールに設定するなんて、それこそ受験産業だけです。そういう人々が「高校受験がゴールじゃない」をやたらと強調するのは、「まだ儲けさせていただきます」と言ってるのと同じです。

 

「まぁ、あいつはどないかするやろ!」って周囲に思われるように鍛えてあげたいんですよね。別に大学に行くことにこだわらなくともどんな世界でも輝ければそれでいいですし、そのために共通して必要なのは「自分のことを知って、自分のことを自分で考えて、具体的に行動していく強さ」やと思ってるんで、その力をつけるためにはもう子どもたちと日々格闘するしかないんですよね。いや、実際に格闘はしないですよ?比喩表現です、比喩表現。

 

そんなことを考えながら、常に子どもたちの今を全力で見ております。

 

先見据えてるんじゃないの?!って?いや、実際に見てるのはやっぱり常に今ですよ、今。

 

 

 

コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>

ロゴ

profilephoto

-

selected entries

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM