人の言葉は気持ち次第

  • 2018.07.13 Friday
  • 10:15

Sakura塾はそれなりに周知されていますかね。

まぁたいていは「厳しい」とか「課題が多い」でしょう。

 

お問い合わせいただいたりすると「知人に良いと聞いて」とありがたいお声もいただきますが、そうでない声ももちろんあるでしょうね。そうでない声はあまり歓迎できませんが、何の特徴のなく賛否すらないよりはいいと思っています。

 

私個人としては、外の人に好きなように言われることに関してはもうあきらめているところがあります。

 

例えば、ある人の名前が出るたびにどんな話であっても「でもあの人は…」と同じ件についての悪口を毎回毎回あちこちに言うような人っていますよね。特定の人物に風当たりが強いと言いますか。また、何に対してもとにかく文句をつけないっと気がすまないような人もいるじゃないですか。文句言いの人ですかね。そういう人の発言はどうしようもないですよね。まぁいろんな人がいますから、それは普通のことなんです。「悪い意見がある」みたいなものがあれば良くないなら、世の中に良いものなんて一切なくなってしまいます。

 

ただ、内の人の発言…、例えば、塾に関しては、保護者や子どもの声なら鵜呑みにしていいというのもちょっと違うと思っています。

 

例えば、転塾のご相談を受けるときに通っている(通っていた)塾の話を聞くと、絶対に良くは言いません。程度の差こそあれ、どこかで塾が悪いとする言葉があるんですよね。もちろんそれには事実も含まれているかもしれないですが、うまくいかなかったことを自分のせいにしたくない気持ちも含まれています。まぁそんなことは人としてごく自然なことです。

 

人の発言にはその人の気持ちや考えが多分に含まれていますし、それはときに事実すらねじ曲げてしまいます。

 

そういうことを個人で言っているのは何の問題もないでしょう。発言とは基本的にそういうものです。

ただ、個人的な片側の発言を事実として扱って公に発信していたりするのは、大いに思慮に欠ける下品な行為だと思います。

 

A君が親に「B君にいじめられた」と言ったとして、そのA君の親がB君側に何の確認もなく「うちのAがB君にいじめられたー!」って言いまわってるようなものです。A君が「B君にいじめられた」と言うのは問題ないんです。事実かもしれませんし、過剰な表現かもしれませんし、もしかしたら嘘なのかもしれませんが。ただ、A君の親の行動は、結果としていじめられたことが嘘でも過剰な表現でも事実であっても、徹底した事実確認がないのであれば大いに思慮に欠ける下品な行為です。

 

もちろん、最初に出ている「良い」という発言にも、その人の気持ちや考えが多分に含まれていますし、それはときに事実すらねじ曲げています。

 

まぁ、よく見る「保護者の声」や「卒塾生の声」なんて最もたるものです。基本的にそういうものは「良いことを書くこと」がほとんどですし、結局はそれを見せる側がどれを見せるか選んでいるわけですから、「都合の悪いこと」を書かれていればそれは確実に落選しますもの。

 

まぁ、どちらにしても口コミも「参考程度」や「きっかけ」にしかなりません

 

私は、Sakura塾についても、他の塾さんについても、きちんとご自身でご判断されることを心よりオススメいたします。もちろん、判断基準は人(先生)です。だからね、外からや口コミでは正しい判断はできないと思うんですよ。

私自身、人については「聞いてたのと違う。全然そんなことないやん。」ってことたくさんありますからね。会ってみるまで全くわからないですよ。だから、もちろんSakura塾についても私に会ってからご自身で正しく判断して下さいね。

 

 

 

 

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