数字に振り回される

  • 2018.10.22 Monday
  • 10:45

もうすぐ冬期講習などに向けてのチラシが出回り始めます。

 

それには、たくさんの数字が踊り、多くの人の目を奪います。

 

それだけ、数字には人を心をひきつける客観性が備わっているからでしょう。

 

でも、我が子を見ながら「人の魅力は数字で表せるものばかりではない。」とは思いませんか?

 

「この数字がもの語っている通りあなたのお子さんはダメです。」と言われても、「はぁ?それが全てじゃないでしょう。」と思う方は多いことでしょう。

 

ただ、そのはずなのに、いざ我が子の定期テストの点数なんかを見るとその数字だけに振り回されてはいませんか?

 

点数が上がれば頑張っていて、点数が下がれば頑張っていない。点数が変わらなければ変わっていない。

 

そう思ってしまってはいないでしょうか。そう思って言葉を放ってしまってはいないでしょうか。

 

責めているんじゃないんですよ。そうなってしまうのも親心ってことなんですよね。

 

他の保護者さんがやっていると「そんなふうに言わんでも…」と思うのに、我が子にはつい…ね。

 

しかし、点数だけで言葉を放つと、「中身なくてもとにかく結果」を求めるようになっていってしまいそうではありませんか?

 

一言でお伝えするなら、伸びはすぐに数字には表れません。

 

短絡的に結果ばかりを求めると、伸びているけどそれが結果に表れない時期に心が折れてしまうでしょう。

 

結果が出なければその過程には全く意味がないというように思いが植えつけられると、結果が出ない可能性があると思った時点で放棄するようになります。

 

我が子に求めているのは、数字だけですか?伸びを伴った数字ですか?

 

私が塾生たちに求めているのは後者です。

 

多くの保護者のみなさまも、同じ思いのような気がしています。

 

だから、伸びていく過程をいっしょに大事にしてあげていただけると嬉しいんですよね。

 

うまくいったり、失敗したりしながら、子どもが伸びているならそれが1番いいんじゃないでしょうか。

 

(私自身が子どもたちの結果が出るように導くことを放棄しているわけではないのでご安心下さい。)

 

 

 

勉強?普通でいいでしょ?

  • 2018.10.16 Tuesday
  • 10:00

勉強なんてね、普通にできるくらいでいいですよね。

多くの人がそう思っておられるんじゃないかと思うんですよ。

 

塾通いなんかもね、早くて中学生からとか、まぁテストの点がまずいことになってからでいいですよね。

 

普通でいいということは、学力的に普通でいることを覚悟するということですよね。

 

例えば、わかりやすいところで算数・数学あたりの普通であることを覚悟すると…

 

小学生高学年くらいで、分数の計算、速さや割合の問題に少々躓いてしまうくらいが普通ですね。

 

中学1年生になれば、最初から正負の数中心のテストで70点程度しか取れないことが普通です。

 

中学1年生のこの頃になると、文章題で、特に速さや割合の立式に大苦戦することが普通です。

 

中学生ともなるとなかなか忙しいですから、そうホイホイ学力は上げられませんからね。

自身の学力に憤りを感じるという苦しさに長く耐え続けなければならないかもしれません。

 

こういうことを覚悟するということが学力的に普通でいるということです。

 

平均を学力的に普通と安易に仮定すれば、中学生になって2回目の定期テストで5教科合計300点、1教科平均60点であることを覚悟するということです。

 

偏差値50を普通と安易に仮定すれば、中学卒業後に布施高校以上に合格が難しいと言われる公立高校に通うことは難しいということを受け入れることになります。

 

これは、みなさんの思っている普通と一致しているでしょうか。

 

ズレているとすれば、何かを見直したほうがいいのかもしれません。

 

 

 

 

お祭りの2日目

  • 2018.10.15 Monday
  • 06:40

おはようございます。本日は地域のお祭りの2日目ですね。

 

中学生は金曜日で定期テストを終え、五ツ木模試の受験をした中学3年生もそれを日曜の午前中で終え、お祭りを楽しんでいるのでしょうか。

 

私も今日の朝はお祭りの雰囲気を楽しみに行こうか…と思っていたのですが、サッカーで負傷した?(んだっけ?)足がかなり痛いのでやめておきます。悪化させるのはダメだし、早く治したいですしね。

 

ということで、私は本日の14時〜22時くらいでおとなしく塾をあけておりますので、卒塾生や卒塾生の保護者様はもしよければお祭りのついで(ついでという距離ではないけど)かなんかでフラッと立ち寄ってくれると嬉しいですっ!(あっ、私の知らないお友達を連れて来たり、外で待たせたりはしないで下さいね!気を遣っちゃいますからね!)

 

この地域は枚岡祭が年度の前半・後半を分けているような感じがありますね。地域がそんな大イベントを持っていることはいいことですね。

 

 

 

 

塾に通ってアホになる。

  • 2018.10.13 Saturday
  • 05:00

先日、奈良健康ランドに行ってきたんですよ。

 

健康なんて言葉が入っていると療養するだけの場所のように思ってしまう方もおられるかと思いますが、実際は子どもが遊ぶ施設や屋内プールなんかもあります。温泉があることは想像通りでしょうか。

 

1時間ほど子どもの遊ぶ施設で過ごし、1時間半ほどを屋内プールで過ごしました。小学生までならそれぞれ倍くらいの時間遊んでいられると思います。大人はその間にゆったり過ごすなんてこともできそうです。

 

その後に温泉に行ったんですけどね、そこで事件が起こったんですよ。

 

いい歳こいて洗い場でこけたやつがいたんですよ〜。

 

 

な〜に〜?

 

 

いい歳こいて洗い場でこけたのはどこのどいつだい〜?

 

 

いや〜恥ずかしいよねぇ…。しかも痛いんですよねぇ…。

 

どうやら足の裏あたりを打ちつけたみたいで、歩くのが超痛いんですよね。

 

なので、それからずっと完全に負傷者の歩き方ですよ。

 

5日間も痛みが引かないんで、いちおう骨折してないかの確認のために病院に行ったんですが、それは大丈夫でした。

 

助かりました。いい歳こいたおっさんが風呂でこけただけで骨折とかなってたらね、恥ずかし過ぎます。

 

もしそうなったら、原因はもう「サッカーしてたら相手選手にチャージされて…」とか嘘つくしかなかったですね。

 

でも、このケガの長引き方に感じますね、…老いを。

 

 

 

いや〜、健康ランドでケガをするなんて、塾に通ってアホになるみたいなもんですよね。

 

前者と後者でまるで違うのは、前者は健康ランドに全く非はなく、後者は塾のせいである可能性があること。

 

そして、前者はただの笑い話で、後者は笑えない話であることですね。

 

 

 

まぁね、このブログの最もポイントとするところはですね…

 

 

 

読んでくださる方にクールポコとにしおかすみこが伝わるのかということですね。

 

 

 

 

1回で覚えようとしない。

  • 2018.10.11 Thursday
  • 20:40

私は人の顔が1日で覚えられないんですよね。

 

例えば、保護者の方に説明会にお越しいただくと、初めてお会いしてからどんなに短くても30分以上は対面している状態になります。お子様の体験をはさんで、体験後の時間にお迎えに来ていただければもう1度顔を合わせることになるんですよね。

 

にも関わらずね、翌々日くらいにはもう顔を忘れちゃってるんですよ、私。ひどいでしょ。

 

「あ〜どんな顔してはったっけな〜」っと思い返しても、そうなるともう絶対に思い出せません。

 

ただ後日お会いするとね、「そうそう、こんな顔やった!」って思い出します。不思議とそれからは全く忘れないんですよ。

 

初回はかなり長い時間その顔を見ているんですが、どうも覚えておけない。でも、2回目に会うとほんの短い時間でもそれ以降は忘れないんですよね。

 

覚えるって、こういうのが大事なんちゃうかな?って思うんですよ。

 

一夜漬けではすぐ忘れてしまうってのは、きっと1回(日)で覚えようとするからなんですよね。

 

だから、何か覚えたかったら、出会う回数を増やす。

 

1回(日)で完璧に覚えようとするんじゃなくて、毎日のように出会う。

 

「あ〜これなんやったっけな〜」ってなる頃に「あっそうそう!これ!」ってのを繰り返すんですよ。

 

今の中学3年生に「図書館(library)」と「ふくろう(owl)」を英語で書かせたら、どちらが正答率高いと思いますか?

 

おそらくですけど、「図書館」のほうが高いと思うんですよね。

 

「図書館」は「ふくろう」の倍以上のアルファベットを使っているのに、です。

 

それはやっぱり出会う頻度に大きな差があるからだと思うんですよ。

 

「図書館」は長いですけど、まぁ習ってからはけっこう書かされる機会があるんですよ。

でも「ふくろう」は中1の1学期に教科書で出てきてからご無沙汰…って場合が多いと思います。

 

何かね、日数や回数をかけると効率が悪いなんて思われがちなんですけど、1回で覚えようとするほうがよっぽど効率が悪いような気がします。

 

まぁ、目の前の小テストを乗り越えたいだけならいいかもしれませんが、きちんと覚えて定着を目指すのであれば、覚えたいものに何回も出会うためのスケジュールを組むといいと思います。

 

 

 

他塾講師による侵攻

  • 2018.10.05 Friday
  • 15:50

本日11:20頃、Sakura塾は他塾講師数名による侵攻を受けました。

 

早々に塾内奥深くまで入りこまれました。

 

 

また、他塾講師数名は置き土産に大量の小型爆弾を仕掛けていきました。

 

 

なんてね!

 

以前から仲良くさせていただいている、大阪市住吉区に本校のある創心館の安延先生が、飛び級に興味を持って「実際どうなのよ?」とSakura塾にいらっしゃいました。

 

ごいっしょに創心館の力ある先生方もSakura塾を見学してやろうとのことで、総勢5名でお越し下さいました。(ひとり写ってませんね…。)

 

私としては「せっかく時間をとってSakura塾を見に来てもらっても、先生方に価値あるものを提供できるのか?」という感じでしたので、何かひとつでも足しになればとSakura塾のことは出し惜しみなくお伝えしました。

 

個人塾というのは何となく「周囲に目もくれず信念のみで盲目的に指導している」ように感じられるかもしれないですが、実際はその目を自塾だけに向けることなく、視野を他塾など外に広げて様々なことを吸収しながらやっていることがほとんどです。

 

私も創心館は何度も訪問させていただき、受けた刺激をSakura塾の運営に生かしています。Sakura塾の環境を快適と感じてくれているのであれば、それは創心館があってこその部分もあるんですよね。

 

お互いに「いいね!」と思うところはパクってくれればいいと思っています。結局は子どもたちにより良いことができればそれでいいですからね。

 

もし創心館の先生方がSakura塾から何か刺激を受けて下さって、創心館の子たちにより良いことができるきっかけになったらそれ以上に嬉しいことはないです。

 

さて、大量にRed Bullをいただきましてね、これは私への「お前もっと頑張れや」というメッセージでしょうから、よりいっそう頑張りますわっ!

 

 

 

10.1

  • 2018.10.01 Monday
  • 13:30

今日は10月1日。今日から今年度も後半戦です。

 

台風一過。大阪はすっかり天気が良いですね。

 

 

最近、時間がろくにないにも関わらず、いろんな本を読んでいます。

 

意外と、それだけでも、いろいろと心境は大きく変わるものです。

 

 

ただ実際には、変わることも、成長することも、とっても難しいですよね。

 

何年も変わらない、何十年も変わらない、そんな大人のほうが多いのではないでしょうか。

 

子どもたちは、そんなとっても難しいことに日々トライしているんですよね。

 

 

さぁ、今日の空のように、晴れやかに一日を過ごしましょう。

 

 

二度あることは三度ある

  • 2018.09.29 Saturday
  • 10:25

もう、まさにそんな感じですよね。

 

台風!

 

この台風が、まずは運動会を吹き飛ばした地域もありますよね。

 

その場合、保護者の皆様は延期になった運動会のためにもてんやわんや。

 

たいてい2、3日後の平日になりますからね

 

シゴトガー!みたいな。

 

とりあえず、まずは明日を安全にやり過ごしましょう。

 

うちのシャッターが無事でありますように…。

 

 

 

 

Dir en gray / Ranunculus

  • 2018.09.29 Saturday
  • 05:55

知らない人には、何の記号かと思われますね。

 

タイトルはバンド名と曲名です。

私のごく最近のヘビーローテーションです。

 

ちなみに、この曲のプロモーションビデオはこんな感じ。

 

 

「えっ?!せ、先生どんな音楽聞いてるんですかっ!」と思われたでしょうか。

 

…えっ?これを見るだけでどんな音楽かわかったんですか?

 

まぁ、このバンドは見た目通りと言っていい部分もあるんですけどね。

 

過去に、ミュージックステーションに出演して最初に曲を披露したんですが、演出が上の写真以上に過激な感じだったんですよね(吊るされた人がくねくね動いてるとか…)。

 

その局の金曜ゴールデンタイムが「ドラえもん→クレヨンしんちゃん→ミュージックステーション」ですから、トップバッターでやっちゃうと…まぁアウトですよね。アニメからそのままテレビを見ていた子供が泣いて苦情殺到したらしいです。

 

そんな感じのバンドですから、「いや、こんなバンドの曲とか遠慮しときます!こういうの好きじゃないです!」ってのがあると思うんですよ。

 

まぁ、わからないことはないんですが、そういうのって、損することが少なくないと思うんですよね。食わず嫌いといいましょうか。

 

自身で直接ふれもせずに、良いも悪いも判断ができるわけがないと思うんですよね。

 

一方向からの判断や、偏った情報だけで、勝手に知った気になって、自分に必要なものや、自分が好きになれるものに気づけないことがあると思います。また、人の評価に振り回されて、自身の評価に忠実になれないこともありますね。実にもったいないことだと思います。

 

以下は、上のプロモーションビデオの曲の歌詞の一部です。

 

人を失う怖さから

いつの間にか自分を

誰かの様に嘘で騙した

 

その時気が付く

私の心を

 

Ranunculus

艶やかなこの道を

 

初めから気付かないフリで

自分自身を押さえ付けて生きてきたのは

上手く生きる為なんかじゃない

春よ、夢うつつ

 

憎むためじゃないだろ?

誰かのために今日も笑うの?

 

叫び生きろ 私は生きてる

 

私はこの歌詞と曲を聞けただけで、CD買った甲斐がありました。

いや、このバンドの曲を聞け!って推してるんじゃないんですよ?

 

自分がほんとに必要とするものは、きっと自分の心で直接感じないとわからないってことです。

 

自身の雑な判断、他者に刷り込まれた先入観、誰が決めたかわからない常識などで、ふれることを避けてしまったりして、大切なものを見失わないようにしたいですね。

 

 

 

じまんぐちじまんぐちじまんぐちじまんぐち

  • 2018.09.24 Monday
  • 02:45

「自慢」も「愚痴」もあんまり聞きたくないですよね。

 

一括りにしている理由は同じと特徴があるからですね。

 

それは「同じことをあちこちで言う」「同じことを何度も言う」「自身の考えを押しつける」点ですね。

 

3つ目は、自慢なら自身の行いが「素晴らしいこと」を、愚痴ならその対象が「間違っていること」を、あらゆる言葉で押しつけます。たいてい本人にその自覚はないんですけどね。

 

結局言っている本人が損をしますからね。

だから、私はことあるごとに愚痴を言うような塾生にはきちんと指導します。

 

何を損するって、人が離れていきますよね。

だって、いつも自慢や愚痴を聞かせる人に、あまり会いたくなくなるでしょう。

 

ブログやSNSでもそういうことばかりを発信する人がいますけど、この頃はもう見ていられないんですよね。ブログでもSNSでも途中で見るのをやめてしまいます。何だか自分の気持ちがささくれだってしまいそうで。

 

それに、何だかよっぽど日々不満ばっかり感じながら生きてるのかなぁって思っちゃうんですよね。

 

日常に幸せを感じられている人は、過去や現在をいちいち自慢したりしないし、周囲の愚痴なんか言わずに「まぁ、いいじゃない。」ってなるでしょうし。私はそんな感じでいたいです。

 

いい感じで肩の力は抜いて生きていきたいですね。

 

 

 

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